なんとなく生きづらいなあ~と感じたことはありますか?

 

生きにくい、生きづらい、生きるの面倒、生きていても楽しくない、何のために生きているのか分からない、生きる希望がない、自分自身が生きている気がしない・・・・・。

 

私は仕事柄、沢山の生きづらい思いをされている方々にお会いしてきました。

 

「生きづらい」の解釈は、人それぞれだと思いますが、ほとんどの方が良い大学を出て、良いお仕事に就き頑張ってこられた方々です。

 

ですから、一見「生きづらい」ようには見えませんし、逆に羨ましい人生を歩まれているように思えるのです。

 

けれども心の奥底には、「生きづらい」「生きることがつらい」という感覚と闘って、もう頑張れない!という叫びの中で、生きている方も多いのです。

 

私自身パニック発作で倒れるまで、自分の「生きづらい」叫びを完全に無視して、鞭を2,3本振り回して自分を奮い立たせて生きていたのを思い出します。

 

そこで、同じように「生きづらい」思いで苦しんでいる方へ少しでもお役に立てばという思いで書かせていただきます。

 

「生きづらい」って何?

 

「生きづらい」は千差万別で定義をするのは難しいものです。

 

・いつも自分を「ダメダメ」と叩いてしまう、ダメ出しのクセ。

 

・周りの顔色や世間体を考えて、無意識に自分の本心と違うことを選択してしまう。

 

・自分自身を生きていない気がする(誰かの考え方がいつの間にか心に刻まれている)

 

・些細なことにも過剰に反応してしまう時がある。

 

・自分が嫌いで生きるのが辛い。

 

・親の支配が強いので、自由がないと感じる。

 

・人づきあいが苦手で、人と接するのがなぜか怖い。

などなど1つ2つではなく色々な要素が絡み合っています。

 

 

一般的には、精神障がいや知的障がい者の生きづらさ、そしてアダルトチルドレン(親のお守りをしてきた子供たち)の生きづらさが、あげられています。

 

アダルトチルドレンは、良く取り上げられますが、完璧な親はいるはずはなく、どんな人にもアダルトチルドレンの部分があると私は思っています。

 

 

「生きづらい」はなぜ生まれるのか?

幼少期の親子関係の影響

「生きづらい」は、一般的には、アダルトチルドレンに代表されるように、子供のころの親子関係に起因するようです。

 

親や養育者の不適切な関り、刷り込みが原因と言われています。

 

親をはじめとする人々との関わりやかけられた言葉、そして育った環境が強く影響します。

 

自分を守るために、そして生きていくために、自分で『信念』(「〇〇するべき」「〇〇でなければならない」といったもの)を無意識に作ってしまいます。

 

それが、プラスのものならよいのですが、「生きづらい」に関係するのはマイナスに作用するものです。

 

それらは、全般的に「自分の存在に対して否定的」なものであり、ありのままを良しとせず、生きていくのに条件があります。

 

幼少期の親子関係が、厳しすぎたり、過干渉だったりすると、結果として愛情不足、承認不足になり、ありのままの自分を認められず「生きづらい」状況になります。

 

例えば、「存在するな!・感じるな!」「自分であるな!」「成長するな!」「完璧であれ!」等のメッセージがあります。

 

親から、「あっちへ行ってなさい!」「邪魔しないで!」「あなたさえいなければ・・・・」など子供を軽視するような態度、厳しすぎるしつけ、子供を突っぱねる行為を受けた人は、「存在するな!・感じるな!」というメッセージを受けます。

 

そうすると子供の『信念』は、「自分なんか大した存在ではない」「感情を出してはいけない」「私なんかいらない子なんだ」というものになります。

 

このように、軽い気持ちかもしれない親の言葉が、実は子供の存在を揺るがす鋭いナイフのように子供には突き刺さり、自分を守るために間違った『信念』を持ったまま生きていくことになるのです。

 

そうすると大人になっても強く影響し「生きづらい」人生を歩まざる負えなくなります。

 

日本の文化や教育の影響

「生きづらい」の大きな原因は、日本の文化風習もあることも忘れてはいけません。

 

欧米が、『罪の文化』と言われるのに対して、日本は、『恥の文化』といわれています。

 

“絶対的な神”の前に道徳的基準が決められていない日本は、基準が『世間』なのです。

 

つまり、他人の批評を気にして、他人の思惑に心を配り、自分の考えや行動を決めているということになります。

 

世間が基準ということは、その地域、その職場、学校の仲間等が基準ですから、たくさんの基準があります。

 

この沢山の世間の基準から、自分だけがはみ出さないように、絶えず微調整をしながら無意識に生きています。

 

その他にも、農耕民族特有の、協調性が重んじられる文化でもあります。

 

このような文化が根底にある日本、生きづらさを感じてしまうのは仕方がないことだと思いませんか?

 

また、みんなと仲良くしよう!お友達をたくさん作ろう!と協調性を重視する学校教育にも問題があったかもしれません。

 

知り合いのカウンセラーは、不登校のお子さんが久しぶりに登校するときに必ずいう言葉がけがあるそうです。「間違っても友達だけは作るんじゃないよ!!」(笑)

 

 

それだけ私たち日本人には、「友達と仲良く」「友達が沢山いたほうが良い」が浸透しているのでしょう。そうなると相手に受け入れられるように・・・相手に嫌われないように・・・と自分の気持ちに蓋をして無理をしてしまう。

 

そして生きづらさを感じるが生じてくると思います。

 

そして、欧米の加点法に対して、日本は減点法の教育だと言われています。

 

ダメなところや出来ていないところを注意する傾向にあります。

 

子供のころ私はアメリカに住んでいましたが、「かわいい服着ているね。」野球で空ふりしても「フォームが良かったよ!」ととにかく褒めまくられたのを覚えています(笑)

 

このように子供の時、周りから受けるメッセージの90%がネガティブなものだそうです。

 

これではいつの間にか「駄目な自分」が無意識に刷り込まれていたとしても仕方がないように思えませんか?

 

自己肯定感の低さが諸外国に比べて顕著にみられるのもそんなところからなのかもしれません。

 

※世界に誇れる日本の良いところは、沢山ありますので、全てが悪いわけではありません。

 

「生きづらい」を抱えている人の特徴

 

生きづらい人というのは一般的に「〇〇しなければならない」「◆◆してはいけない」という思い込みが強い傾向にあります。

 

そして無意識にこれらの「思い込み」に支配されているのです。

 

例えばこんな思いはありませんか?

・失敗してはならない

・ちゃんとしなければならない

・頼ってはいけない

・一度決めたことは最後までやる抜くべきだ

・言われたことは従わなければならない

・間違えてはいけない

・弱さをみせてはいけない

・嫌なことも我慢しなければならない

・休んではいけない

・自分よりも相手の気持ちを優先しなければならない

・常に頑張らなければならない

・人に役に立たなければならない

・自分の要求を言うのはワガママだ

・どんな人とも仲良くやらなければならない

・絶対に遅れてはならない

などなど・・・・・

 

 

いかがでしょうか??思い当たるところはありますか?

 

生きづらい人は、これらのルールにこうでなければならない!と自分を追い込み、出来ないと「なんで出来ないんだ!」と自分を無意識に責めるのです。

 

自分の「したい・したくない」ではなく、「しなければならない・してはならない」が全ての基準なので、いつの間にか自分の本音、ほんとうの自分に蓋をして生きているので、生きづらさを感じてしまうのです。

 

自分ではなく「しなければならない・してはならない」の基準に合わせて生きているので、自分自身が死んでしまいます。

 

生きづらさを感じるのも当然といえば当然のように思えます。

 

 

「生きづらい」を解消するには・・・?

 

まず、親のことを責めるのは、ナンセンスです。

 

親は親で、自分の親からの連鎖がありますから、仕方がないのです。

 

私の父親も、貧しい家庭の8人兄弟で、しかも中学生の時から親元を離れ生きていたので、親の愛情をあまり受けて育たなかったようです。

 

ですから、子供の愛し方が分からないようでした。若い頃は「なんで?」とかなり葛藤しましたが、今は父の生育歴を理解すると許せるのです。

 

先ほど「生きづらい」を抱えている人の特徴を書かせていただきました。

 

要するにすべて完璧で、仕事も勉強も出来て、皆の役に立つ、皆に優しい、気配りが出てて、どんな人とも仲良くできて、忍耐強くて、弱音を吐かないで、休むことなく働き続ける。

 

こうでなければならない!いやこんな人いるでしょうか??どこか人間味に欠けるような気もしませんか?

 

私たちは人間です。神様は、支え合うようにあえて一人一人に欠けを創ったそうです。

 

私たちは「人間」なので、一人一人違います。

 

無理をすれば疲れるし、休みたくなることもあります。

 

調子がいい時も調子が悪い時もあります。

 

どうしても苦手な人もいますし、自分の感情が抑えられない時もあります。

 

悪口も言いたくなりますし、頑張れない時もあります。

 

ついウソを言ってしまう時、逃げてしまう時もあります。

 

繊細で弱いので誰かに頼りたくなります。「人間」だからそうなんです。

 

結局は、「こんな自分、あんな自分、この程度の自分にすべてOK!!」の自己受容が鍵なのです。

 

とことん自分の感情に敏感に気づいてあげて、「そう思ってそれでいいんだ!」と認めてあげることが第一歩でしょう。

 

どんな醜い感情に対しても「そうだよね。そう思ってそれでいいんだよ!」と受け入れてあげること。そして「良く頑張ってきたね!」と自分をとことん労わることを、習慣化することです。

 

「大丈夫だよ!大丈夫だよ!」と、口癖のように自分に語りかけてあげてください!

 

忍耐強く行うと、ある時から、自分の足でしっかり立っているたくましい自分に出会えますよ!

 

 

「生きづらい」を手放すために!

 

以前私が、仕事のことであまりにもいい加減な対応を、何か月間もされて悩んでいたことがありました。

 

「それって陽子さんが長い間自分にしてきたことなんだよ!」「あ~っ そうだ!!そうだった!」私は、あまりにも的を得ていたのでびっくりしました!

 

その時夫との関係性も振り返りました。

 

不当な扱いをされていても、波風立ててはいけないと必死に我慢していたのを思い出しました。

 

そうなんですよね。

 

人間関係ってよく見つめると、自分との関係性が浮き彫りにされています。

 

もともと「生きづらい」を抱えていた私です。「粗末に扱われても当たり前な私」が、心の根底にあったのです。

 

そうなると・・・

 

・他人の機嫌に振り回される私

・自分の意見を言えない私

・自分の気持ちよりも他人の気持ちばかり優先してしまう私

 

そして・ますます自分が嫌いになる!➡ますます自分は駄目だと思う!➡ますます自分を粗末に扱う!➡ますます生きづらいを感じる!

 

 

この悪循環で苦しんでいたのです。「生きづらい」を感じている人は、ほぼ90%自分を粗末に扱っています。

 

もし「生きづらい」で苦しいなら「自分の関係性」を見つけてください。

 

人間関係がヒントになります。人間関係は自分との関係を映し出す鏡!です。

 

・自分を大切にしていますか?

・自分の心の声を聞いてあげていますか?

・自分をいじめていませんか?

ちょっと自分に聞いてみてください。

 

・嫌だと言ってもいい

・出来なくてもいい

・自分の感じたことを信じていい

・休んでもいいしズルしてもいい。

・自分の意見を言ってもいい

・他人に合わせなくてもいい

・自由に自分で決めていい

・やりたいことをやっていい

・人に頼ってもいい

・怒っても泣いてもいい

・逃げてもいい

 

そんな自分でいい!!そんな自分がいい!!そんな自分だからいい!!!

 

自分を粗末に扱っていませんか??

 

間違った『信念』に縛られていませんか?

 

自分を粗末に扱うのをやめるだけで「生きづらい」を少しでも手放せると思います。

 

 

まとめ

「生きづらい」で悩んでいる方は沢山います。

 

かつても私もそうでしたが、無意識に「〇〇であるべき」という間違った自分のルールをたくさん作り、不自由な中で自分を罰しながら生きてきたように思います。

 

また、「こんな自分はダメだ!」が根底にあるために、いつも頑張りヘトヘトになって疲労困憊状態で生きていました。

 

そんな人生は「生きづらい」し、常に心の中は不安でいっぱいでした。

 

もし「生きづらい」で悩まれているのでしたら、間違った『信念』があること、そして間違ったルールを作っていること、そしてそれらは手放しても大丈夫んだということを分かっていただきたいと思います。

 

そしてまず「自分はどう思っているのか?」そこを大切に感じてあげて、自分の味方になってあげてください!

 

ご自分を粗末に扱っていたなら、それもやめて少しずつ「自分を大切にすること」を許してあげてくださいね。

 

間違ったルールを手放して「生きづらい」も手放してください。

 

必ず楽に生きれる日が来ると思います!

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