自信さえあれば、自分の意見を言えるはず!!

自信さえあれば上手くいくはず!!

自信さえあれば、人には振り回されないはず!!

自信さえあれば!!

このように思われる方は少なくないと思います。私がかつて調査したマイナス思考で悩んでいる方のベスト3が「他人の目が気になる」「自分を責める」そして「自信がない」でした。やはり「自信がない」ことがマイナス思考で苦しむ要因の1つになることは間違いないようです。

 

例えば、子供の時から絶えず比較され優劣をつけられる教育環境、親から注意ばかりされて、そのままの自分を受け入れらた経験が乏しいと、自分の欠点ばかりが目に入り、自信のなさで苦しむのもわかる気がします。

 

 

しかし、ここでお話をしたいのは自信をつける方法ではありません。むしろ世間一般的な「自信」はいらないと言わせていただきたいのです。逆に弊害にもなります。

それよりももっと必要なマインドがあるのです。そこで「自信がない」と悩む人が手に入れるべきマインド、つまり『ほんとうの自信』についてお話します。

自信がある人が陥る弊害とは?

「自信」と人間の存在価値

 

一般的に「自信がある」というとは、どんな状態をイメージされますか?

・私は絵を描くことに対しては自信がある。

・私は来月までに〇万円の売り上げを上げる自信がある。

・私は他人からの信頼してもらえるという自信がある。

このように自分の能力に対してなんらかの「成果」や「評価」が得られることを確信している・・・ということでしょうか。

これは自分の能力の「成果」や他人た世間の「評価」に基づくものです。では、もし何らかの状況や理由で上手くいかなくなったらどうでしょう??案外簡単に折れてしまうもろいものだと思いませんか?

・会社の副社長で活き活きしていた男性が、退職後心病んでしまいふさぎ込んでしまった。

・営業成績がトップだったAさんが、配属先が変わって成績不振になったとたんに、自信を失ってしまった。

 

このように、出来るという「成果」に基づいた「自信」は、それが出来なくなると途端に崩れ去り、自分の存在価値さえも脅かされるというひどいダメージを受けてしまうのです。

 

ところで、人はなぜ「成果」を求めるのでしょうか?

それは、「成果」を上げられる自分が、人間としての存在価値があると感じているからではないでしょうか?

ですから一度成果を上げると、どのようになるかというと、常に「成果」を上げ続けるように頑張り続ける!という人生になります。なぜなら「成果」を上げない人間としての存在価値がないと思っているからです。

 

私が体験した「自信」の弊害

 

恥ずかしながら私自身の話をしますと、中学二年生の春、アメリカから帰国したばかりの私が、ひょんなことから成績が学年で1番になってしまいました。やはり先生方も驚いたようです。そこからが大変でした。

成績が学年で一番であることが、いつの間にか私の存在価値になってしまったので、下がることが怖くなりました。常に1番を維持するために,並ならぬ努力をしなければなりませんでした。心はいつも『不安』でしたし、リラックスなんかできません。

私が陥ったのは「成果」を土台とした自信を持ってしまったため、絶えず頑張る、あるいは「誰かと比べて闘う」という永遠に安心感を持てないという不安定な心の状態でした。

結局は私の場合、心も身体も悲鳴を上げたので、もろくもその「自信」は崩れ去りました。そこからは、存在不安や生きづらさが顕著に表れて苦しい思いをしてきました。

 

お分かりいただけたでしょうか?「成果」を上げることで「自信」を持とうとすると、むしろ「自信」を無くしてしまう可能性があるということです。そして、それは案外簡単にポキっとてしまうのです。

ですから、一般的な「成果」や「評価」に基づく「自信」は、不安定で下手に持ってしまうと自分を苦しめることにもなる怖いものでもあるのです。

ストレス女

 

自信には2つの種類がある

DoingとBeingの人間観

 

人間にはDoingとBeingという捉え方があります。
Doingとは「行為」に関するものです。業績や学歴、社会的地位や財産、教養や外見に関するものも含まれます。

もう一方のBeingは、「存在」に関するものです。お金が無くなっても、事業に失敗しても、あるいは入試に落ちても、その人がその人でなくなるわけではありません。

 

しかし現代はどうでしょう?

何が出来るのか?何を持っているのか?何を着ているのか??外見はどんな感じか?などが、人との判断の基準になっています。これでは絶えず人と比較して他人より優位に立たないと、自分の存在が不安になるという競争のレースにどっぷりはまる生き方しかできません。

ご存知の通り私たちは、小さい頃からdoingの価値観で評価されることに慣れてしまいました。

足が遅いより速いほうがいいんだよ。成績が良いほうがいいんだよ。偏差値が高いほうがいいんだよ。学級委員や班長などをやったほうがいいんだよ。

 

こんな中で生きていれば、他人との比較に疲れて、
「自分は取るに足らない人間だ!」「生きる価値がないかもしれない!」・・・・こんな「存在不安」を抱えることになるかもしれません。

ほんとうに大切なのはBeing、その人の存在そのものが尊いという価値観なのではないでしょうか?

もしあなたが犬か猫を飼っていらっしゃったら。もしあなたに小さなお子さんがいらっしゃるとしたら。どうでしょうか?

何が出来る出来ないじゃない。居てくれるだけで有難いう存在そのものを愛しいと思わせませんか?

 

DoingとBeingの違い。何となくお分かりいただけたかと思います。

 

Doingの自信とBeingの自信

 

自信にもDoingとBeingの2種類の自信があります。

まずは、一般的な「自信」の意味にあたる『Doingの自信』からお話ししましょう。

何か出来たことによる「成果」、そして他人や世間の「評価」に基づく自信が『Doingの自信』です。多くの人が自信が欲しいと思う時に「他人と比較して優れた自分になろう」「〇〇が出来る自分になろう」とします。

他人と比較の上に成り立つ自信は、単なる優越感です。また出来ることに成り立つ自信も、いったん「できなく」なってしまうと簡単に折れてしまいます。

 

一方『Beingの自信』とは何でしょうか?

他人との比較での自分の存在を推し量るのではなく、「周囲がどうであれ、私は私を信じている」「私はこの私でOK!である」という状態になることです。Doingのように「出来る」ことに基づくものではなく、自分の内面的な「あり方」についての自信ともいえます。

私は〇〇で在りたい!という生きる姿勢への全面的な肯定感です。例えば「私は他人に誠実に接したい」「私は家族とのつながりを一番としたい」「私はどんな時も自分を信頼していきたい」という「〇〇したい」「△△でありたい」という「あり方」を大切にする自分をいいと思うとするときに生まれる自信でもあります。

 

こうした「あり方」を大切にし、拠り所としているので、簡単に折れることはありませんし、そんな自分に対する愛おしさや安心感が心の中からそこはかとなく湧き上がってきます。

ほんとうに必要なマインドとは?

 

今まで「自信」について、DoingとBeingという見方からお話させていただきました。「自信がない」と悩まれていたあなたは、どのようにお感じになられたでしょうか?今でも「自信」が欲しいですか??DoingとBeingの自信…どちらを手に入れたら幸せだと思われますか?

 

勿論Doingの自信を否定するつもりはありません。しかし、状況に左右されやすく脆いものであること、そして常に他人との比較の中で頑張らなければならず、そこにはいつも「不安」が付きまとうデメリットがあることはご理解いただけたかと思います。

 

もし「自信」は欲しいのであれば、『Beingの自信』を育てていただけでばと思います。他人と比較して自分よりも上だ・・・そんな他人の評価や他人との優劣で、一喜一憂する世界を手放して、「自分がどうしたか?どうだったか?」という行動を褒めていくという心掛けが大切になります。

自己のイメージを上げて自信をつけるというのではなく、一人で居ても誰かの評価がなくても「私は大丈夫だ」という安定した温かい気持ちでいること。「まあ、自分はこれで良いだろう」「自分なら何とかなるだろう」という感覚です。

これが生きる上で必要なマインド、「ほんとうの自信」です。他人の評価に振り回されることなく「自分はこうしたい!」という気持ちを大切にする。何が出来る出来ないではなく「自分はこれを大切にする!」という心の姿勢で生きる。そんな自分を肯定することによる安心感から生じる「自信」です。

「自信がない」と悩んでいるのであれば、そのままでいいのです。それよりは、例えダメな自分でも受け入れ認めることが出来る。なぜなら、『Beingの自信』で自分が満たされているので、何物にも振り回されずに、自分を心から信頼し、自分自身を生きることが出来る。

あなたも、そんなマインドを是非手にしてくださいね。

 

 

 

 

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