私たちは、人との関わりなしには生きていけす、どうしても他人という存在を意識せずには生きていけない存在です。

そこで「他人の目」を多少なりとも意識して生活するのが私たちではないでしょうか?

中には何をするにも「周りからどう思われるだろうか??」と不安になって二の足を踏んでしまう。

相手のちょっとした否定的な言動が、自分のせいだと思ってしまう。

そんな悩みをお持ちの方も多くいらっしゃいます。

気にしないようにと思えば思うほど気になるのが「他人の目」です。

 

しかし「他人の目」に縛られていては、自分の本来の良さを発揮することは出来ませんし、人との真のつながりを得ることも難しくなります。

豊かで幸せな人生を送る為には、「他人の目」から少しは自由になることが必要なようです。

そこで、「他人の目」が気になる一つの原因を提示し、どのようにしたら「他人の目」の奴隷から解放される人生を歩めるのか書かせていただきます。

他人が気になる人の特徴

「他人の目」が気になる人は、共通する心理や性格的な特徴があります。

自分に当てはめて読んでみてください。

マイナス思考で物事を深読みしすぎる

常に物事の悪い面に意識を向けてしまう人は、人と接する時も「嫌われないようにしなければ…」「悪い印象を与えないようにしなければ…」と思ってしまいます。

それが根底にあるので、他人の言動に対しても、マイナスの方向に考えてしまいがちです。

例えば、挨拶をして返事がなかっただけで「私は嫌われているのかもしれない…」と思ってしまいます。

実際は聞こえていないのか?あるいは、考え事をしていたのかもしれません。

このように相手のちょっとした言葉やしぐさ、行動などいろいろな点で悪い方向に深読みするので、自分を守るためにも「他人の目」が気になって仕方がありません。

そして事実と異なってどんどん自分の否定的な思い込みの世界に入っていくので、気持ちが休まる暇がありません。

嫌われることへの恐れがある

他人から嫌われることへの恐れが強いという特徴があります。

これは、過去に裏切りやいじめを受けた辛い経験から、人に嫌われることを過剰に恐れるようになる場合と、もともとの性格的なものから生じる場合があります。

 

また、子供の時から批判的、過干渉、心配性な親に育てられ、「どうしてうまく出来ないの!」「こんな事したら皆から笑われますよ!」などと言われて育つと、「他人とは色々と評価し傷つける存在」と認識し、余計に嫌われないように「他人の目」を気にするようになる場合もあります。

 

自己肯定感が低い

自分を信頼することが出来ない人も「他人の目」を気にします。

「上手くいかなかったらどうしよう」「笑われるんじゃないか」「あの人が不機嫌なのは私が何かやったのかしら??」といつもビクビクしています。

「どうせ私なんて!」といつも思ってしまいます。

自己評価が低いのでありのままの自分を出すことが出来ません。

そんな自分なので嫌われないように評価が下がらないようにと、常に「他人の目」を気にして不安のまま生きていくことになります。

 

プライドが高い

少数派かもしれませんが、プライドが高く周囲からの称賛を浴びたい人も「他人の目」を気にします。

常に自分の評価が落ちていないかが不安なために、人の言動や表情に敏感です。

自慢話や上から目線の人、実は他人より優位に立たないと自分を保てない小心者の場合があり、そのような人も絶えず「他人の目」を気にします。

他人の目が気になる理由

理由その1

まずは、日本人に特有の国民性に原因がありそうです。

かつて『菊と刀』(Rベネディクト)が欧米の「罪の文化」に対し、日本を「恥の文化」と対比しましたが、宗教が介在しない日本は、世間や他人の目を気にする恥の意識があると述べたのです。

つまり日本人は周囲の感情や思惑を気にして生きている、そして「村八分」という言葉もあるように、他人の反感を買わないようにと、世間や他人を気にする国民的気質が私たちの根幹にはあるようです。

また、親が世間体を気にする場合、常に他者と比較されて育てられた場合も「他人の目」を過剰に意識するようになります。

 

理由その2

人間には7つの欲求があると言われています。

①生存欲②睡眠欲③食欲④性欲⑤怠惰欲(楽をしたい)⑥感楽欲(音やビジュアル等の感覚の快楽を味わいたい)⑦承認欲(認められたい)です。

これら7つの欲求を求めるのが人間なんですよね。

そこで「他人の目」を気にするというのは、最後の7番目の承認欲求に深く関わっています。

つまり、承認欲求を満たしたい、認めてもらいたいという心、「自分を認めてほしい」-自分を愛して欲しい!自分を評価して欲しい!自分に注目して欲しい!―という欲求が原因なのです。

でもこの承認欲求があるのは当たり前です。

まずは「認められたい」と自分の存在価値にこだわる。

そして、その欲求に反応し「どう見られているんだろうか?」「評価してくれているだろうか?」と気になってグルグルとあーでもないこーでもないと考えるグルグル思考になります。

 

「嫌われていないだろうか?」「気分を害してはいないだろうか?」「職場での評価は下がってはいないだろうか?」などなど。

これらの不安はどれも「認められたい」という欲求から「自分の存在価値」へのこだわりが生み出すグルグル思考です。

そのグルグル思考が過剰になると、「嫌われているに違いない!」という思い込みになり、常に「他人の目」を気にしてビクビクするとても辛い状況になります。

 

この「承認欲求」が「他人の目」を気にする唯一の理由と言っても過言ではありません。

 

まとめ―他人からの自由になるには

なぜ「他人の目」が気になるのか、その心理的性格的な特徴、そしてその原因をここまで書いてきました。

「他人の目」が気になる原因は、人間誰もが持っている満たされていない「承認欲求」です。

満たされていない承認欲求です。

ということは、満たされればいいわけですよね。

この承認欲求を自分で満たしていけば、いちいち他人に認められたいと思わなくなるので、「他人の目」が気にならなくなります。

 

つまり「自分で自分のことを認められるようになること」これが出来れば、「他人の目」から解放されます。

そうなると、「〇〇だったら認められる」「△△が出来れば認められる」と思われるかもしれません。

そうではないのです。

条件探しや自分の好きなこと探しでは。決して満たされません。

「自己受容」と表現されますが、例えば自分という存在を無条件で受け入れること、自分はまあ大丈夫だと思えること

こんな感じ方が出来ることが大切なのです。

条件付きではいつまでたっても、自分を認めることが出来ないので、その欲求を他人に求めることになります。

 

出来ない自分もダメな自分も、よくやっているよね!よく頑張ってきたよね!って、まずは認めることから始めてみてはいかがでしょうか?

毎日コツコツ自分を励まし、自分を無条件に褒めて差し上げてくださいね。

必ず「他人の目」から解放され、自由に生きる自分に気が付くと思います。

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